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差別といじめはなくならない ~いじめ体験記 その3~

こんにちは。

 

わしのりよ です。

 

前回の記事を読んでくださった方、ありがとうございます。

差別といじめはなくならない ~いじめ体験記 その1~ - Washino’s blog

差別といじめはなくならない ~いじめ体験記 その2~ - Washino’s blog

 

今日は中学3年生のときに受けたいじめ体験を記します。

 

『わしのりよをいじめても問題はない』という空気は、

恐ろしいことに既に不文律として完成されていました。

 

唯一の友達ユウちゃん(仮名)とも別のクラスになり、

私は完全に孤独な状態となりました。

 

同級生から無視をされても、黴菌扱いをされても、暴力を振るわれても

不文律の存在が諦念につながり、当時の私は本当に生きた屍状態でした。

 

(5月に入り、私の顔左半分にできた皮膚のただれが治りました。)

 

そのような状態だったので、同級生から酷い扱いを受けても

私は声を出すこともなくなりました。

 

中学3年生のとき、具体的に何をされたかというと、

上記のとおり、人権侵害と暴力です。

 

①男子(人物特定できなかった)が私の顔面に向けてサッカーボールを蹴り、命中してしまった。

→痛みだけではなく、漫画にでてくるような頭の上で星が回っている状態となったので

怖くなった。女子はこの状態を見て大笑い(私に手を差し伸べることはなかった)。

②男子(マツイ君(仮名))からトイレの水をかけられた。

 

他にも多々あったのですが、この二つが一番記憶に残っています。

 

また、一度、母が寝坊しコンビニで用意したお弁当を下駄箱まで届けてくれたのですが、そのことを担任から伝言で聞いた後、私がお弁当を取りに行くとなかったのです。なぜか常に私のことを黴菌扱いしていたワタナベ君(仮名)とツノガイ君(仮名)が持っていたのです。

黴菌扱いしている人の食材を取り上げる。彼らは何を考えているのだろうと不思議に思ったことを今でも覚えています。

 

他にも和紙で包まれたあんぱんを昼食の時間に食べていたら、同じ班の女子から睨まれたことも印象に残っています。

 

私にとってワタナベ君(仮名)とツノガイ君(仮名)はやっかいな存在でした。

彼らの私への行為は愚かそのものなのですが、彼ら自身に自覚はなかったのです。

ある日、彼らから「お前早く●君(山形マット死事件 の被害者の名前)みたくならないのかよ。」と言われたときは背筋が凍りました。

この時、私の隣に座っていた成績優秀男子(いじめに加担することがなかったこの男子と私とワタナベ君(仮名)は同じ小学校出身)が見るに見かねて彼らに「いい加減やめれば(人権侵害をやめろ)」と言ってくれたのですが、愚かな彼らは一瞬静かになるだけでした。

 

我慢の日々が過ぎ、受験シーズンに突入します。

私は理科の先生が勧めてくださった私立高校を受験します。

この高校は地元の高校ではなく、私立でもあったので

私がクラスで一番最初に受験と合格発表を迎えることになりました。

 

帰りの会で担任から「合格」と発表されました。

 

この瞬間、同級生の態度が急変しました。

いじめに加担していた男子は何もしなくなりました。

黴菌扱いをしていた女子が急に私のことを

「わっしー♡」と呼びかけ、私に触れてきたのです。

女子は今まで無視をするのが当たり前だったのですが、

翌朝私の顔を見るなり挨拶をしてきました。

 

同じ部活だった女子も今までは私のことを侮蔑する目で「お前」と面と向かって言っていたのに笑顔で話しかけてきた子がいました。

 

私の中学時代は最低最悪の3年間だったのですが、

下記のような教訓を得て終わりました。

『仕掛ける側は対象者に気づかれないように仕掛ける』

『人は簡単に流れにのる』

『流れに乗る行為が触法でも肯定の雰囲気が完成すると触法行為ではなくなる』

『人は一瞬で態度が変わる(ので信用できない)』

『愚かな人間ほど要注意(異性に対して暴力をふるっても平気→信用できない)』

 

 

卒業後、数年が経ったころ。

私をいじめていた子が高校入学後いじめに遭い退学をしたと聞きました。

 

今回なぜこのタイトルにしたのか、時期が来たら書こうと思います。多分。

 

終わり。