こんなんでも先生 あんなんでも先生

くら くら くら~。あら、眩暈が・・・。

 

こんにちは。

 

わしのりよ です。

 

先日、久しぶりに貧血を起こしました。

しかもサンドウィッチ注文中に。

倒れると感じた私はすぐに椅子に座り

家人と注文を変わってもらいました。

のんきな店員は状況の把握をするどころか

「お客様~。こちらに戻って注文を続けてください」

と大きな声を出すだけ。

目の前の仕事になんと忠実なことか・・・。

 

当日一人ではなくてよかった。

貧血を起こしながらも「私まだ死ねない」と思いました。

私には大事にしなければならない家人がいるから。

家人と一緒だったので事なきを得、無事に帰宅することができました。

本当に一安心です。

 

 

私が初めて貧血を起こしたのは小学校4年生の頃。

当時9歳の私は「貧血」を知らなかった。

 

気分が悪くなり、体育の授業前に担任へ

「気分が悪いので保健室へ行かせてほしい」と頼みましたが却下されました。

なぜ担任は却下したのか。

「顔色が健康だから行く必要はない」とのことでした。

私は疑問に思いつつも当時は担任に反論することもできず、

そのまま100メートル走をこなしていました。

「担任に殺される」と思いながら。

 

体育の授業が終わり、私は貧血に耐えられなくなり、

クラスメイトへ保健室へ行く旨を伝え、担任には黙って保健室へ行きました。

養護教諭はすぐに「ベッドで寝なさい」と私に指示を出しました。

ベッドへ横になると私は寝てしまいました。

 

養護教諭の怒り声で目が覚めた私は普段お優しい養護教諭の怒りが信じられず

ベッド周りに装着されているカーテン越しから様子を伺いました。

担任が養護教諭から叱られていたのです。

 

①貧血を起こした人全員顔色が悪くなるわけではない。

②気分が悪いと訴えた生徒に100メートル全力疾走させるな。休ませろ。

③相手は10歳の子供だ。病気に対する知識が乏しい。

④担任が児童の気持ち、病状を察せられないでどうする。

 

他にも何かやりとりをしていたのですが、

上記4点を養護教諭が言っていたことを私はいまだに覚えています。

 

結局担任は私に謝ることはありませんでした。

担任は私が貧血を起こしながら走った100メートル走の記録と

次の体育の授業で健康な状態で走った私の記録を比較し

「本当に貧血だったんだね」と言うだけでした。

 

(思い返せば私の小学校時代は担任から困難を与えられてばかりでした)

 

 私がこの体験をとおして子供たちに何が言いたいのか。

 

自分の命に係わることで担任がおかしなことを言ったら

自分の状況判断を信じ、決断をし、行動を起こそう!!!

 

ということです。

 

目の前にいるあなたの担任は本当にあなたのことを思っていますが?

あなたが置かれている状況の把握を担任はしてくれますか?

あなたに「授業を提供する」ことにだけ忠実ではありませんか?

 

この記事にも書いたけど、毎日顔を合わせる先生が自分のことを気にかけてくれていると思わ(期待し)ないほうがいい。

 

私は義務教育時代、担任に恵まれなかった。嫌な思い出しかない。

義務教育が嫌いだからこそ、この世界を知りたくなり、

大学で教職課程をとり、免許も取得した。

少しだけ公立学校で働いた時期もあったけど、公教育の在り方に疑問を感じ転職した。

 

転職後、中2のときの担任と遭遇し、「私のことを覚えていますか?」と聞いてみたが「ごめん。覚えていない。」とはっきりと言われた。

卒業アルバムを見つけたときの私と同じだった。

 

 

今、学校生活が苦しいと思っている方。

 

自分の命に係わることであれば、

素直に担任の言うことなんか聞かなくてもいい!!!!!

 

常識というルールに縛られなくてもいい!!!!!

 

『今』にとらわれすぎなくてもいい!!!!!

 

自分を大切にしてほしい!!!!!

 

 

長い人生、学校生活なんて本当に短いし、

どんなに学校で嫌な思いをしても時間が経つと

「あ、こんなもんか。」とあっけなく終わりを迎えるときがきます。

 

機会があれば義務教育時代に形成されてしまった私の間違った価値観が解脱されるまでを書きたいと思う。

 

 

 

 

 

こんなことを書いている私だけど、

全国のどこかに評価できる先生が存在することを信じています。