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中学卒業後いじめっ子と遭遇した結果(いじめが私にもたらしたもの)

こんにちは。

 

わしのりよ です。

 

今日は“成人の日”ですね。

新成人の皆さん、おめでとうございます。

 

アクセス解析の確認をすると

私のブログを読んでくださるたくさんの方が

グーグルから入っていること。

そして下記の記事が一番読まれていることがわかりました。

 

中学卒業後いじめっ子と遭遇した結果 - わしのりよのあれこれ手帳

 

 

今日はいじめが私にもたらしたものと

そこから解脱するまでの道のりを記します。

 

まず、いじめを経験したことで私は他人を信用できなくなった

中学卒業後から約20年間、常に人間不信の状態だった。

 

私立高校に入学後、中学校時代のようないじめは存在しなかった。

ものすごい平和な高校生活を過ごした。

“友達”も生まれて初めてできたのが高校に入ってから。

とても楽しい高校生活だったけど、中学時代のように

ある日突然無視をされないか等の不安が常に私の中にあった。

 

中学時代に受けたいじめという名の人権侵害、暴力行為は

私の自己肯定力を著しく低下させ、私に人間不信状態をもたらしていた。

 

高校卒業後も定期的に友達と会っているが、私は自己肯定力が低かった。

そのため私は「彼女たちを友達と思ってもいいのかな?」と

心の片隅で思っていた。

高校卒業後、約17年間、私は常に人間不信の状態だった。

 

 

大学入学後も幸いなことに“友達”ができた。

彼らとも今でも定期的に会っている。

 

大学時代、当時20歳の私が恩師から言われたことを記しておく。

 

①同世代の学生と比べると私は人と距離を置きすぎている。

②普通その位の年齢だともっと心理的に近い距離で人間関係を築いていくが、

 私にはそれがない。

③私は人を遠いところから見ている(その年齢では考えられない距離から)

⇒主観が強い年齢なのに私の場合、客観が強い(その年齢では考えられない)

 

恩師からの鋭い指摘だった。

情が死んでいたから、どこか相応でない自分がいた。

 

中学3年間で滅びた(殺された)私の心は、

高校3年間で蘇ることはなかった(浄化されなかった)。

 

中学卒業後5年間、人を信用することができないと思い知った私は

一生他人を信用できないかも」という思いに支配されとても怖かった

この思いを具体的に記すと、

私は「他人に情が湧くことがない」

すなわち「人並みの感情すら抱くことがない人生を歩み、終える」

ということだ。

 

常に空虚感と隣り合わせの20代を過ごしていた。

 

社会人になり同僚でもある人生の先輩からも

「上司からとはいえ、あれだけ酷いことを言われたら普通25歳ぐらいの子なら

怒るよ」

と指摘されたことがあった。

 

いじめ体験は私に諦念をもたらしていた。

そのため私をあらゆる普通の世界から縁遠い世界へと追いやった。

 

普通の世界が欲しくて欲しくてたまらなかった20代を過ごした。

29歳最後の日、欲しくても手に入らなかったものに焦がれ一人で泣いた。

 

35歳のとき、大学時代の友達から私の携帯に電話がかかってきた。

メールを送信しても返信が遅いから心配になって電話をくれたとのこと。

思い返せば彼は常に私を友達(仲間)を気遣ってくれた。

 

大学時代に知り合った友達でもある先輩。

彼女も常に私を気遣ってくれた。

 

彼からの電話がきっかけで、

「高校・大学時代にできた“友達”。

私のことを何とも思っていなければ連絡しないよね。」と

当たり前のことに気が付いた。

そして、「あ~。私、“友達”と呼べる存在がちゃんといるじゃない。」と

初めて自己肯定ができた。

 

このとき、涙が溢れてきた。

中学3年間で滅びた(殺された)私の心が、

本当に少しずつだが息を吹き返した。

長い間「一生他人を信用できないかも」という思いに支配され

とても怖かったけど、彼からの電話がきっかけとなり解脱できた。

 

ある程度の時間が経っても人を信用することができなかったのは

私の弱さでもあったのかもしれないとようやく思えるようになった。

 

20年という時間を経て私は普通の世界と情を得ることができた。